「あたあああっさあああああああああああ」「やめええっ!!!」
19〇〇年4月29日、全関西学生空手個人戦決勝終了0秒前。赤の上賀茂産業大学内田秀人、そして青は松ヶ崎大学波多場四郎の両者が残心をとる。その間を主審大山田辰五郎の左手刀が割って入った。
「内田やろ!?」
「赤上段!!」
「内田先輩!!」
内田の赤上段突きを取ると観衆の誰もが確信した。コート四隅の四人の副審も全員赤の旗を出している。だが大山田の左手刀は、まさかの青四郎を指していた。
「青、中段突き一本!!青の・・・」
青の勝ち!と、大山田はコールしようとしたのだろう。しかし四人の副審による激しいの短笛にかき消された。同時に観客席からの一斉のブーイング。やむなく大山田は副審集合のジェスチャーをとる。
「大山田先生!それはないわ」
「どう見ても今のは内田の上段でっせ」
「なんぼ大山田先生でもこれは・・・」
同意しない副審の言葉を、目を閉じ黙って腕組みしたまま聞いている大山田。ざわつく観客席。大山田の判定は定評があり希代の名審判の名ほしいいままにしてきた大山田だけに、誰もがこの判定を訝しんだ。
「まさかとは思うが大山田先生、松ヶ崎は先生と同じ京都の和東流や。京都和東多いけど最近上がって来た上産大は同じ京都で松剛館や。大山田先生に限ってンな事ない思いますけどな、けど誰もが疑念をもちまっせ。これは」
するとじっと目を閉じて聞いていた大山田はゆっくりと目を開け、
「なら言わせてもらいますが先生方、一回生の波多場が内田の四連覇を阻止するのがそんなにオモろないんですかね」
「な!・・・・」
「・・・・ここは私の目ぇ信じて同意していただけませんかね。来月チャンピオンさんからビデオ出る。それ見て私の判定が間違っとったら自分空手界去りますわ!」
「せっ先生・・・・」
大山田の目は確信に満ちている。その目力の強さたるや。もはや副審たちの誰もが口を閉ざした。各自コート四隅の副審席にもどり着座する。そして・・・・
「青の勝ち!」
怒号と歓声が入り交じり激しく揺れる観客席。関西学連の歴史が変わった瞬間である。余韻はいつまでも続いた・・・・・
波乱の一日が終わり、静かになった審判待機室。「大山田先生、お先に」一人、腕組みしたままじっと沈黙している大山田。「どう思う?大山田先生の・・・」「いや、私はどう見てもやはり内田・・・・」
聞こえているのかいないのか、しかし大山田にとっては一世一代の判定、という認識は微塵もなかった。まさか副審が四人とも内田の上段をとるとは思わなかったのである。それほどまでに自分の判定に確信があったのだ。
「波多場四郎・・・・あの中段突きは見たことある・・・・・そや、自分が立志社大学の学生やった頃のあそこや・・・・・比叡山!!」
ゆっくりと立ち上がり会場を後にする大山田。その目は何かを、遠い時間の彼方の何かを見つめていた。
※この物語はフィクションです。自在する人物・団体・事件・事実等とは一切関係ありません。